~愛する娘たち、そして家族との賑やかな毎日の出来事や私の大切な仲間たちとの出来事やら・・・思ったこと、感じたことをお送りします~
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3冊目突入!!
2007年06月30日 (土) | 編集 |
とうとう、画像の通り、母子手帳が3冊目に突入しました(笑)
突入って言い方でいいんだっけ?!(爆)


でも、



『3冊目かぁ~~~』


夢にも思っていなかったから、この3冊目を受け取ったときは、
色んなことを思い出しましたよ。この12年間のことを。

結婚して1年も経たないうちに、体の調子が悪くて病院に
言ったら、子供が出来ない体ですと言われたあの日。

治療を初めて1年半くらいで、やっと妊娠。
でも、その子ととはお別れする結果になって泣いたあの日。

それからの治療がきつくて、やったりやらなかったりを繰り
返したあの日々。諦めた時期もあったなぁ~。
旦那と、二人でもいいじゃん。って話したこともあった。

でも、諦めたくなくて、治療を真剣に再開して、すぐにユキノ
を授かった。誕生まで心配で心配でどうにかなりそうだったあ
の日。

ユキノをこの腕に抱いた時のあの喜びは一生忘れないだろう
なぁ~。人生で一番と言えるくらい幸せだったあの日。

そして、ユキノが4歳になるかならないか、という頃に、そろ
そろ二人目・・・と、また病院へ。治療を再開したあの日。
辛いのを覚悟で通院を始めたけど、3度目の治療で懐妊。
自分もだけど、先生が一番驚いてた(笑)

妊娠4ヶ月で、もしかしたら破水かも?!と言われ安静入院。
破水ではないことがわかって、安定期に入ってすぐに鹿児島へ。
実母と楽しい毎日を過ごした2度目の妊娠生活。

予定日になってもなかなか出てこないアヤノさん。
ご対面は、予定日より6日遅れてのことでした。この時は、
ユキノが立会いして応援してくれて、生まれたアヤノに感動
して号泣してたっけ。二人のお母さんになったんだなぁ~
て喜びがいっぱいいっぱいなったあの日。

でも、アヤノには心臓の病気があって。
それは受け入れるのに少々時間はかかったし、涙もいっぱい
流した。でも、誕生してくれたことに意味がある。この子の
生命力を信じよう!母も頑張ろう!家族もみんな協力しよう!
と決意したあの日。みんなが強くなれたよね・・・。

そして、アヤノの2度の手術が無事に成功し、元気に成長し
岩手に帰ってきたら、今度は母が不調。なぜ?なぜ?
ユキノが言いました。



『お母さん、お腹大事にしてね。
               赤ちゃんいるから。』



はっ?そんな訳ないでしょ。だって、私たち夫婦は、どんなに
頑張っても自然に妊娠なんてできない夫婦なのよ!
そんなことをユキノに言ってもしょうがなかったけど、体調
不良は続き、微熱も続き・・・検査薬に頼ることに。



はい、おめでとう(爆)



信じられませんでした。
まさか、まさか・・・。それが、3冊目までのいきさつです。

確かに3人目は欲しかった。色んな意味で。
確かに次の子にも病気があったらどうしよう?って不安もあり
ます。全くないと言ったら嘘になります。
でも・・・信じてます。家には、病気のおねえちゃんがいて、
毎年遠くまで検診行ったり、時々手術を受けたり、少し大変な
面がある家庭だってことをわかって、その状況をわかってて生
まれて来てくれるだろうと。
もし、病気があっても、我が子には変りませんけどねぇ。
でも、ひとつだけ欲を言えば、とにかく元気に生まれてね♪
ってことかもなぁ。普通でいいから。

なぁ~んて、手帳をもらいながら色々考えましたねぇ~~~。

3冊を見ると、ちょっと時代を感じたりしますがね。
ユキノが、手帳を見て


『どうして、ユキノのだけ可愛くないの??』


と不満そうでした。そうだよね。
他の二人のはベビーミッキーなんだもん・・・・・。
その変り、ユキノの手帳は誰のよりも、いっぱいいっぱい
書き込みがあるから許してね。

昨日の手帳交付で保健婦さんに、母子手帳を読んでください。
って言われたけど、母子手帳読む人っているのかしらねぇ?
私は、読んだことなんて全然ないんだけど・・・。

みなさんは読みました???
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コメント
この記事へのコメント
はじめまして
「RSD友の会」というブログを書いているTOMと申します。

今日も、無事に目が覚めました。素直に感謝です。

私は、今、必死に、もがきながら「生」を求めて、這いつくばっています。

私は、クリスチャンではありません。

しかし、「聖書」が、実は、いつも手元にあり、今まで2回の大学病院への入院でのつらい病状・治療・検査などの時の私の支えになってきました。聖書の、さまざまな章句を思い出しては、恐怖感を奮い立たせて臨んだ、苦しい検査もありました。これからも、きっとそうやって、怖い気持ちを乗り越えながら、検査を受けにいくのでしょうね・・・。

今まで、入院した時、多くの、あまりにも厳しい状況の患者さんを目の当たりにして、(向こうから見れば、私がそう見えたのかもしれませんが・・・)、かける言葉を失ったことが一度や二度ではありません。

私は、他の患者さんから見ると、もしかしたら話しかけやすかったのかもしれません。

よく、何人かの、隣のベッドの患者さんに、夜中などに、小声で、「ねえ、TOMさん、起きてる?TOMさん、俺さぁ・・・・死ぬのがこわくて眠れないよ・・・・」と涙ながらに訴えられたことが何度かありました。それは、若い方でも、年配のかたでも、ありました。「死」は、老若男女問わず、等しく同じ恐怖のようです。

特に、いつ、突然死してしまうのかわからない状況にある方が、何人か隣のベッドになったことがありました。年下の若い方も、人生のベテランも、等しく恐怖は感じていました。若い患者さんが、夜中にいつまでも「死への恐怖」を私に訴えてきた時は、夜中の巡回の看護師さんも、少し多めにみて、ひそひそ話を見逃してくださったこともありました。

また、病気で、私と同世代で、思うように話せなくなった方が、いました。その方が、私に、紙に「自分が病気になって、いかに悔しい気持ちをしているのか」を、かきなぐって訴えたこともありました。頭の中での多くの言葉を伝えられないもどかしさ、人生を狂わせた病気・・・つらかったろうと思います。

「あとどのくらいです・・・」と、宣告された方の気持ちは、私は想像するしかありません。私は、鎮痛剤として「モルヒネ」を使っていますが、「余命には影響していない」と、いう説明を(少なくとも私は)聞いています。私には幼い娘たちもいます。まだまだ生きたい・・・・。いや、生きなければならないのです。

それほどまでに「元気に生きたい」と願っている私たちなのですが、なぜ、このような苦しみが存在するのか、疑問に感じざるを得ないことがあります。

今日も、目が覚めました。私には「まだ生きるように」との「自然」の命令なのでしょう。
この「生かされている重み」をかみしめながら、今日の苦痛を乗り越えたいと思います。
2007/06/30(Sat) 09:20 | URL  | TOM #a19sqO0.[ 編集]
うっひゃ~~
おめでとさぁ~~ん
3人目生まれるんだねぇー予定日はいつだい?
楽しみだよ~

岩手行ったら、親よりも子供の人数の方が多くそろうね。
いやーん楽しみ♪
2007/07/21(Sat) 03:09 | URL  | かぼち #tIzNQ2cE[ 編集]
ありがとぉ~
そうなの、そうなの。
しほっちとも話してたんだよね。
突然、人口が増えるね、って。
それも子供ばっかり・・・(笑)
でも、喜ばしいことだからねぇ。
かぼちが岩手に来る時は、みんな
で我が家におとまりしようねっ♪
2007/07/22(Sun) 13:26 | URL  | かぼち #aEmTB4nk[ 編集]
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